新型コロナウイルスPCR検査について(2020/03/01)

新型コロナウイルスPCR検査の是非について、どうしてPCR検査をドンドンしないのか? 誰かが何かの理由で検査数を抑えているのか? 詳細は不明ですが、それよりも私が気になるのはPCR検査の「診断能」がまったく語られていないことです。

結論から言えば、「前提なく検査をすれば、どんな検査であれ、診断能は格段に落ちる」です。広く医療行政や、公衆衛生、医療費や、大問題の人々の不安という点は、ひとまず置きましょう。純粋に診断能の話です。なぜ前提が診断能に影響するのか。いくつかの検査例を考えます。

たとえば大腸癌に対する、CEAという検査があります。かつて癌治療をしていた頃、私はCEAなどの腫瘍マーカーをとても重視していました。厚労省の指針に反して頻回に調べ、毎週の検査結果を対数グラフにして、グラフを眺めながら治療計画を練っていました。CEAの推移(特に勾配)は、癌の勢いを正確に表現してくれるからです。

治療戦略にとても有用なCEAは、でもその診断能となると話がまったく別です。診断で重要なのは病気があるのかないのか、大腸癌の有無です。

CEAの規準値(正常上限値)は5です。でも、5以上だから大腸癌がある、5以下は大丈夫というものではまったくありません。たとえば喫煙者では(という「前提」があれば)、癌がなくてもCEAが10くらいに上がることは珍しくありません。これは「煙草には発癌性がある」とは無関係の、喫煙という前提と診断能の不思議な関連です。そもそも「5」はどこから出てきた数字なのでしょう。

仮にCEA の規準値を20に上げてみます。この新基準を越えた場合、ほぼ間違いなく(100%近く)どんな前提であれ癌があると断言できます。基準値を少し動かしただけで、確実な診断ができるのです。ならばなぜ基準値を20にしないのか。20で何が問題なのでしょう。

20に基準値を上げると、今度は大腸癌があってCEAが15に上がっている人が、「癌はない」と誤って判定されてしまうのです。これはまずい。基準値を上げれば上げるほど、癌を確実に診断できますが、一方で漏れる癌も増えるのです。逆は逆で、規準値を5以下に下げれば「漏れ」は減りますが、癌ではないのに癌と診断される「濡れ衣」が増えます。
ここまで考えると、実はCEAの規準が「恣意的」とわかります。「漏れ」と「濡れ衣」のはざまで揺れ動くものです。だからなるべく漏らさず、なるべく濡れ衣を出さない「合理的な恣意」が望まれます。

時間を追って繰り返し調べるCEAは雄弁に癌の勢いを示しますが、しかし大腸癌があるのかないのかという点では診断能の低い検査です。

大腸癌検診には便潜血という別な検査もあります。この検査にも恣意的基準(どこで陰性・陽性と判定するか)がありますが、それでも便潜血検査の診断能はCEAよりはるかに強力です。便潜血だけでおよそ7~8割の大腸癌がみつかります(『感度』つまり「漏らさない度」が7~8割)。反対に大腸癌がないのにまちがって陽性と判定される人は、数%しかいません(『偽陽性』つまり「濡れ衣度」が数%)。ただし本来の診断能は素晴らしいのですが、健康診断を受ける人はほとんど健常人(緩い前提)なので、結果的には便潜血の診断能は落ちてしまいます。

便潜血が陽性だった人をみると、結果的に濡れ衣判定をされる人が圧倒的多数になります(「陽性的中率が低い」と表現します)。ですから便潜血陽性の人には次の精密検査、大腸内視鏡が用意され、この二次検査で白黒をつけることになります。この大腸内視鏡を最初からすべての健常者を対象にすることは困難です。格段に手間暇がかかり、ごく稀には大腸を損傷することがあるからです。二次検査の対象者を絞るという意味で、簡便な便潜血検査には大きな意義があります。

新型コロナウイルスよりなじみのあるインフルエンザウイルスの検査も、精度は高くありません。濡れ衣度は数%ですが、漏らさない度は6割(一般的な旧式検査の場合)です。時々、次のような要望をもつ人がいます。「検査をして、インフルエンザでないことを証明してほしい」でもこれは医学的に困難な注文です。インフルエンザ検査の「漏らさない度」はたった6割ですから、4割のインフルエンザ患者は、検査をしても陰性(つまり偽陰性)となります。陰性と出た検査結果から「インフルエンザではない」と診断書を書く医者がいれば、その医学能力はゼロです。虚偽の診断書です。(「インフルエンザ検査は陰性だった」なら医学的に正確です。患者も会社も(インフルエンザではないと証明された、と早とちりして)満足します。きっと社会は「検査が陰性でも、本当はインフルエンザの人がたくさんいる」ことに無関心なのでしょう。新型コロナと違い、インフルエンザを見逃すことは容認できるのかも知れません。では、新型コロナウイルスのPCR検査はどんな診断能でしょうか。

残念ながら「漏らさない度」は5割程度と言われています(いくつかの理由で、5割というこの数字自体が今後の運用の仕方で変化すると予想されますが、深入りしません)。半分の患者が漏れてしまいます。それでも、雲をつかむような未知の病気に対峙するとき、無いよりはるかにマシです。あらゆる道具は、上手に使うべきだからです。

大阪で、陽性→陰性→再陽性となった患者が話題になりました。「再燃」とか「再感染」と話題になりましたが、第三の視点が欠けています。そもそも漏らさない度が5割しかない検査なので、本当は陽性なのに陰性となる「偽陰性」が絡んでいる可能性があるのです。

専門的な話をするなら診断の「尤度比(ゆうどび)」を考えますが、この説明は省略します。尤度比は、前提が厳しい(事前確率が高い)ならできの悪い検査でもそれなりの診断能を発揮する、ことを教えます。

この前提と検査の関係を理解する例が、日本のエイズ検査です。エイズ検査は優れているのに、使われ方は?です。「?」の中身まで理解する必要があります。

日本で行われているエイズ検査で陽性になる人の多くは、実は偽陽性です(便潜血検査と同じ)。エイズではないのに、検査はエイズと判定します。理由は、エイズとは無縁の妊婦が一律に検査を受けるからです(事前確率が非常に低い)。
新型コロナウイルスも、一律に広くPCR検査を行えば必ず、濡れ衣度がつくりだす偽陽性の山ができることは便潜血検査やエイズ検査と同様です。ただ、エイズや便潜血は第二段階の精密検査がありますが、新型コロナには次がありません。陽性なのか偽陽性なのか、区別する方法がないのです。

さらにコロナのPCRにはもう一つの問題があります。低い「漏らさない度」です。半分のコロナしかみつける力がないので、感染しているのに漏れて陰性とされる偽陰性もたくさん出てきます。
症状が少ない人にまで検査対象を広げれば(事前確率が低い)、それに応じて偽陰性と偽陽性の数が増えます。これは医学の話であり、「対象者を広げれば、陽性者の数が増える」という算数の議論とは別です。

それでも私は癌治療をしていた頃と同じように、どんな情報であれ、情報は多い方が良いと考えます。前提を緩めてでも広くPCR検査をすべきと考えます。ただ結果は、次のように受け止めるべきです。

「陽性と出た。コロナウイルスに感染しているかもしれない。要注意だ。しかし偽陽性かもしれない」「陰性と出た。ただしPCRの漏らさない度は5割にすぎず、偽陰性かもしれない」最近のニュースによれば「現在の中国では、PCR検査に頼らず胸部CTで診断している」ようです。事実とすればかなり合理的です。一般に、ウイルス性肺炎はスリガラス様の肺陰影になるという特徴があります。同時に普段は、ウイルス肺炎はとても珍しい病気です。たとえばインフルエンザでも肺炎は起きますが、でもそのほとんどは、インフルエンザで弱った肺に肺炎球菌などの細菌が混合感染したもので、「スリガラス様」ではありません。ウイルス肺炎は珍しい病気なので、逆に「CTでスリガラス様の肺をみたら、それはコロナウイルス肺炎」という中国の診断基準はPCRより診断能が優れている可能性があるのです。

PCR検査を充分にしないのは問題ですが、検査をすればすべてが解決するかのように考えるのは危険です。新型コロナウイルスがどのように拡大終息していくのか、まだまだ先は見えません。皆様のご自愛をお祈りします。

平岩正樹

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