『ガン難民』の延命闘病記

小川元三

最終回 加療時間外は外出して気分転換を奨励


 平岩医師の治療を受けるようになってから、毎日欠かさず記している闘病日誌を読み返してみると、最初の治療開始から丸一年が経過したことになる。昨年の8月8日〜13日までの5泊6日の入院による抗ガン剤治療がスタートで今日に至っている。
 私のような大腸癌に適用される世界標準の抗ガン剤としては5FU、ロイコボリン、イリノテカン、シスプラチン、マイトマイシン、メソトレキセート等といったものが挙げられるが、日誌の記録によるとこの第1回は〔5FU十ロイコボリン〕(2種薬剤の混合)500mlの点滴注入から始まっている。1日につきこの量の薬剤を5日連続して注入した。
平岩医師は原則として点滴注入は夜間に行い、所定の加療が終わって体調に格別の異変がなければ一旦退院し、次回の入院加療まで由宅で療養するというパターンの繰返しである。自宅療養の期間は、患者の病状の動向や体調、場合によっては都合・希望などと睨み合わせて先生が判断し、話し合いの上で決定される。加療のための入院は必要最小限とし、後は自宅でなるべく健康者に近い生活を送るようにするというのが平岩医師の基本的考え方なのである。
 平岩流では入院加療中であっても、加療は夜9時〜翌朝6時まで夜間に行うので、点滴加療を作っていない朝6時〜夜9時まではいわば「フリータイム」となるが、この時間帯を患者が病衣のままでベッドにゴロゴロ寝ころがって過ごすというようなことは奨励しない。勿論体調と相談しながらの話ではあるが、なるべく外出して仕事をするとか、病院の近隣を散策する、自分のやりたいことをやって帰院してくるといったことが奨励されるのである。ベッドに寝ころがってじっと天井を睨んでいたりすると、特に癌患者などは「ロクなことは考えない」ので、精神衛生上よいことは殆どないのだ。
 ところで私の場合、抗ガン剤治療の体験は平岩先生によるものが「初体験」であった。平成9年夏の癌切除手術以来「末期ガン」の宣告を受けてしまう昨年の7月まで、抗ガン剤治療を拒否してきた。埋由は、前月号でも述べたような、半可知繊の一般人が陥りがちな抗ガン剤に対する恐怖感・嫌悪感のゆえである。実は、患部の切除手術を受けた大学病院で術後再発の予防として、一旦抗ガン剤治療を受けておくことを奨められたという経験があったのだ。
 しかし当時は「劇穂の固りのような抗ガン剤を体内に採り入れるなんてとんでもない。絶対お断りだ」という思い入れがあり、以後ももし奨められたとしても断固拒否することになったであろうことは明確だった。それが一転どうして抗ガン剤治療を安け入れる心境になったかというと、一つは再度の切除手術や放射線治療などが最早行えない進行ガンとなっていて、もし最後まで諦めないで何等かの治療を行うとすれば、抗ガン剤による治療しか選択肢が残されていなかったということがある。
 もう一つは、平岩先生との出会い(その著書との出会いも含めて)である。平岩先生との出会いにより、抗ガン剤治療についてその説くところに接し「これは一度挑戦してみるだけの価値のある治療法だ」と思えるようになったということである.
 さて、昨年の8月から丸一年抗ガン剤による治療を継続してきているが、これまでの状況はどうであるか。あくまでも現在(8月中旬)までの話だが、今までに私の治療に使われた薬剤は5FU、ロイコボリン、イリノテカン、シスプラチン、マイトマイシン等々と副作用の軽いもの・強いものと各種に及び、点滴注入量も2種混合の薬剤一晩1000mlを7日間連続注入したこともある。しかし吐き気、食欲減退の副作用を経験したことはあったが、実備に嘔吐したことは未だ一度もない。個人的体質の問題ではなく、適当な薬剤によるそれなりの副作用緩和・予防法があるということなのだ.