「闘う意志があれば、癌治療は変わる!」

はじめに


 『がん治療を変えたい−はぐれ医師の挑戦』が、テレビ朝日系の番組「サンデープロジェクト」の特集企画で放映されたのは、2000年12月10日のことだった。副作用を可能な限り抑えながら、世界の標準的(グローバル・スタンダード)な抗癌剤治療を行っている平岩正樹医師とその患者たちを取り上げた特集である。私はこの特集を企画し、制作したディレクターであり、放送当日は、取材者として番組に出演した。
この番組を通して、私が訴えたかったことは、決して平岩医師という個人を礼賛することではない。
 平岩医師はたった一人で、たとえ小さな病院でも、世界標準の癌治療を行なっている。一方では、日本の多くの病院においてグローバル・スタンダードの治療が、十分に行えない現実がある。本当に日本の癌治療は、これでいいのだろうか。平岩医師と患者たちとが共に癌と闘う姿を通し、医師と患者がやる気になれば、ここまでのことができるということを示したかった。そして現在、日本で行われている癌治療の問題点を、癌と闘うすべての人々に提起したかった。
 番組への反響には、すさまじいものがあった。番組放送中から電話は鳴りっ放しで、翌日までに500本を越えた。通常は多い時でも120〜130本だ。ある程度の問い合わせがくることは想像していたが、予想をはるかに上回るものだった。問い合わせには、手紙を番組宛に送ってくださいとお願いした。すると300通以上もの手紙が届いた。
 多忙な平岩医師と相談した結果、できるだけ早く返事を出した方がよいとのことから、とりあえず私が先に手紙に目を通すことになった。一つひとつ開封し、すべての手紙に目を通した。
 手紙の内容は、それぞれに悲痛な叫びが込められており、改めてこの問題の深刻さを痛感させられるものばかりだった。しかし、ほとんどすべての手紙に、「平岩医師の治療を受けたい」との言葉が記されていた。もちろん、その気持ちは痛いほど分かる。癌と闘うことを諦めていない患者にとって、平岩医師の治療がまるで"奇跡"のように映ったのかもしれない。
 しかし、すべての手紙を読み終えるころ、私が番組を通して訴えたかったことが、何も伝わっていなかったのかという疑問がわいてきた。
 番組の中で私は、「平岩医師はわずかに40人の患者しか担当することができないので、現在はほとんど新しい患者を受け入れられない」と断っていた。では何故、そのような医師をテレビ番組で紹介したのか・・・・・。
 平岩医師の癌治療は、決して"奇跡"のようなものではない。世界で標準的に行われている治療法なのだ。このような治療をすべての人が受けられるようにするためには、患者自身が声を上げなければならない。現状の治療法を変えるためには、患者が立ち上がらなければ不可能だと私は訴えたかったのだ。
 日本では現在、毎年二八万人以上が癌で亡くなっている。単純計算しても平岩医師のような医者が七〇〇〇人必要となる。しかし日本の癌治療の現状は、何も変わろうとしていない。では、患者はどうすればいいのか。誰が医療を変えるのか。患者自身が何もしなければ、いつまでもこの状況が続くことは目に見えている。
 平岩医師から、「がんの相談室」に来たある患者の話を聞いた。
「ある地方都市から来た患者さんです。私の治療を受けたいというので、『あなたの病気の世界の標準治療は、こういうものです。その都市でもできるはずです。あなたはいくつの病院を回られたのですか?〈こういう治療法があるそうですが、こちらでは行っていますか〉と、いくつかの病院を訪ねて質問してみてはいかがですか』と言って相談を終えたんです。そうしたら、この方は片っ端から大病院を回って、どの病院の何という医師がどう言ったかというリストを作り、もう一度私のところに来ました。患者さんは、『すべての病院で、その治療はできないといわれました』と。こうなると私も責任上、引き受けざるを得ませんでしたね」
 私はこの患者さんの行動力に敬服した。
 現在受けている癌治療に不満を持つ患者は多い。しかし、それを変えようと声を上げる患者は、あまりにも少ない。悪い言い方をすれば、患者自身の「医師任せ」の姿勢が今の状況を作りあげてしまったともいえるのだ。
 ここ10年の間に欧米の癌治療、特に抗癌剤治療は目覚しい進歩をとげている。にもかかわらず、それらを積極的に使用する病院、医師はあまりにも少ない。治療法も、医師によって驚くほど違う。
 しかし、先の患者のような方が大多数になったらどうだろうか。診療を受けるか患者すべてが、「世界ではこのような抗癌剤治療が標準的に行われているそうですが、こちらではできますか?」と質問したら、医師たちはどうするだろうか。「やっていただけますか?」というお願いではない。「できますか?」という医師への質問である。
 少なくとも患者が世界で行われている標準治療を勉強して知れば、平岩医師のような医師の存在を知ろうとするだろう。いずれは医師自身も、グローバル・スタンダードの治療について知ろうとするのではないか。
 そうなれば病院も、行政も変わらざるを得なくなる。グローバル・スタンダードの治療をするために体制を整えようと動き始めるだろう。
 つまり、問題は、癌患者がそうした行動に出るかどうかにかかっているのだ。
 本書に紹介する新山義昭さん、井上雅嗣さん、小林桂子さんの三人も当初、主治医からは、余命宣告を受けていた。しかし彼らは、自らの病気について勉強し、癌と闘いぬくという強い意志を持って、やっと平岩医師のところに辿り着いたのだ。
 さらに彼らは、平岩医師の治療を受けることに甘んじることはなかった。日本の癌治療を変えようと行動を起こし始めたのだ。
「自分たちだけが恵まれた治療を受けられればそれでいいのか。いやそうじゃない。すべての癌患者が受けられたら、どんなに素晴らしいことだろう」
 これは、平岩医師の患者たちに共通した思いである。

 実は私自身も現在、平岩医師の患者の一人である。
 癌と闘う一人として、私には一体何ができるのか・・・・・。私は自分の職業であるテレビ番組の制作ディレクターとして、平岩医師と患者の癌治療の現場を伝えようと考えた。この現実を通して、患者と医師が変わるきっかけになれば・・・・・。それが日本の癌治療を変えることにつながると思ったのだ。
 しかしテレビというメディアは、視覚に訴える力が強く、熟考するには不向きな媒体なのかもしれない。結果は、「平岩医師の治療を受ければ助かる」というような誤解を与えただけなのかもしれなかった。番組放送後、実業之日本車から、「番組の内容を改めて本にして出版しませんか」との話があった時に、私は喜んでお願いすることにした。
 私は本書を通じて、番組で言いたかったことを改めて、述べさせていただきたい。
「患者が変われば、癌治療は変わる、変えられる」と。

   2001年6月28日                     石田久人


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